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スペシャルインタビュー
大圃 研

医局に入らずに、内視鏡のスペシャリストへ

大圃 研 氏
NTT東日本関東病院 消化器内科医長

医療に囲まれて育った幼少時代

祖父から三代、消化器外科を営む家庭に生まれた大圃先生。
実家の隣には入院施設のある病院。
「お父さんの後を継いで医者になるんでしょ?」と周りから言われる環境で育ってきた。

当時、家の中には患者さんの名前が書いてある胆石や、手術中の写真が当たり前のように置いてあった。当直をしている看護婦さんが家の中に入って来て、24時間病院の直通電話が家にも鳴り続ける。まるで病院と変わらない環境で育った。
父親は深夜でも電話が鳴れば、すぐに病院へ向かう。常に当直しているようなものだった。

「父親が患者さんから感謝されている姿を見て育ってきたので、嫌な仕事だとは思いませんでした。なんとなく、『自分は医者になるもんだろうなあ』と思って育って来ました」と医者になった理由を語る。

消化器内科の道を選ぶ

幼少時から医師の仕事は意識しつつも、大学へ入った時に大きな志はなかったと言う。
「医師になるのが当たり前の環境で育ったせいか『医師になる』という強い思いを持っていなかったんです。だから、学生時代あんまり勉強してないですよ。遊んでばっかりで、ダメな学生ですよね?」と笑いながら話す。

「周りの医学生が将来を考えて時間を割いて、研修先の大学に見学に行くことが不思議でした。せっかく遊んでいられるのに、何でそこまでやるんだろうと、全然理解できなくて、今思えばすごく大事なことでしたけどね」とも語る。

そんな、学生時代を送りながらも、家を継ぐために外科医を目指していた。
それが何故内科へ? と不思議に思う。理由を訪ねると
「医学部6年生の時に、実家が入院施設を持たない内科のクリニックみたいに形態を変えたのです。
当時、原則将来は実家を継ぐことを前提に考えていましたが、実家に帰っても手術をすることはなく
なったわけです。そこで、若い時に手術をたくさんしても、実家に帰ったらなかなかそれを還元する
ことができない。ならば、実家に帰っても勉強したことが応用できる内科にしようかなと。
もちろん若い時に思いっきり好きなことをして帰るという選択肢もありましたし、代々、外科医の
家庭に生まれて、原則内科は診察、治療は外科という昔ながらの雰囲気の中で育ち“やはり手術をして
治したい”という未練もあって大きく迷いました。消化器とは決めていたんですけど」
卒業目前で消化器外科から内科の道へ進むことに決める。

苦労の非常勤時代から内視鏡のスペシャリストへ

急な内科への転向で大学の医局ローテーションに入らず、都内の一般病院に勤務することになった。だがその一般病院も、一旦内定が決まったのに、働く2週間前に急に雇えないと言われる。
「当時は大学の医局に入らない研修医は、ほとんどいなかったので病院側の理解も乏しく、待遇も保証されていませんでした。それでもいきなり雇えないと言われても困ると、ここで働きたいとお願いをして、何とか無給の非常勤として籍を置かせてもらったんです」と苦労話を語る。

30歳を超えて多少の給与は出るようになったものの、非常勤の状況は変わらない。非常勤だからアルバイトへ行っても構わないと言われる。だが、平日にアルバイトに行くと、その環境に残って仕事をしている意味がない。月に二回程、土曜の昼から月曜の朝まで当直のアルバイトをして生活費を賄っていたと言う。お金の為に働いている感覚はなかったので、当時は処遇に関して周りからひどいと進言されていたが、当の本人はそんなに気にしていなかった。
その状況下で、一心不乱に内視鏡の仕事を続けるうちに、新しい発見がどんどん出てきていつの間にか内視鏡にはまっていった。
] 「“環境は捉え方次第“だと思います。スタッフが少ない環境は忙しくて指導してもらえないと考えるか、または自分が多くの経験を積めると考えられるか。そこで不満を言う人は、今度はスタッフが多いから自分にチャンスが回ってこない。と不満を言いますよね。どんな施設であっても、石の上にも3年、粛々とその環境の中でできる事を地道に精一杯やる事です。仕事の環境、条件に不服があって、すぐ辞める移動するという人がいますが、あまりいい事とは思いません。環境は自分で作っていくべきで、受け身で不平不満ばかりでは発展的ではないし、そういう思いを抱えて仕事するのは損な時間だと思います」
病院の待遇は変わらないが、結果的に個人の技術を磨くことになった。自分のところに来た患者は自分一人でマネジメントし、治療を行う。治療を熱心に続けていくうちに、次第にスペシャリティが出てきて、指名の紹介状もどんどん増えていった。

「職員ではなかった為仕事内容に制約は少なく、振り返るとある程度自由にやれていました。また、現場の看護師さんの助けもありました。とにかく何かと皆、味方してくれましたし、今思えば看護師さんの役割ではないようなところまで、みんな手伝ってくれました。当時は気が付いていませんでしたが、その点はとても恵まれていましたし、それなくして今はないですね」と、10年の思いを語る。

NTT東日本関東病院へ

弊社代表・徳武と仲泊先生
弊社代表・徳武と大圃先生

医局のローテーションに入らず、一つの病院で勉強し続けたことが大圃先生の知名度や専門性を上げることになる。10年の実績を持ち、内視鏡のスペシャリストとなっていた大圃先生の元へは、多くの病院からオファーが来るようになっていた。

前の病院で10年働いたあと、現在のNTT東日本関東病院へ移ることになる。移った理由を訪ねると、一人でやるのには限界があり、チームで仕事ができると思ったからだと言う。
現在は6人のチームを組み、仕事を行う。大圃先生が来る以前のNTT東日本病院の胃がんの内視鏡治療(ESD:内視鏡的粘膜下層剥離術)の実績は、年間100件あまりだったが、大圃先生が来てからは年間200件に跳ね上がり、同時に食道がん大腸がんの内視鏡治療も導入された。

また、教育にも力を入れており「一人のスター選手がいても仕方がない、沢山の先生を育てていかないと。一人でやってきたからこそ分かるけど、一人でできる仕事なんて限られている。確かに少しは自分の名前で、沢山患者さんが紹介されるようになった。しかしそれだから忙しい、と自己満足して終わりの先生にはなりたくないし、そんな事では全然発展性がない。沢山の先生が患者さんを救ったら、一人で救える数なんて簡単に超えてしまう、一人の名医が救える数なんてたかが知れている」と語る。今はさらに忙しくなり、付きっきりで全部教えてあげることができなくなった。だが、大圃先生の意思を受け継いだ弟子がさらに孫弟子へ、という環境ができつつある。
その一方で、やはり沢山の患者さんが大圃先生の元へ紹介されてくるのも事実である「確かに大変なんですけど、頼まれる、望まれる、依頼されるってとてもありがたいことです。『大圃先生に頼むのが一番いい』って、開業医さんが自分の患者さんを預けてくれる。患者さんも『大圃先生に治療してもらいたい』と。その期待に応えたい、そう思われ続ける人でありたい、という気持ちも同時にある。それがやりがいやよりどころになっている部分もある」と語る。

昼は外来診察や検査、治療、回診など主に院内での業務を、夜間や休日には学会や講演の準備など院外での仕事をこなす。現在の平均睡眠時間は3~4時間。紹介状が一日に20通以上来ることもあり、休む暇なく多忙な毎日を過ごしている。


大圃 研 氏 (NTT東日本関東病院 消化器内科医長)

プロフィール

1998年日本大学医学部卒業
同年一般総合病院消化器内科研修医
2000年     同     医員
2007年NTT東日本関東病院消化器内科医長

日本消化器内視鏡学会専門医
日本内科学会認定内科医、東海大学医学部付属東京病院消化器内科 非常勤講師

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武田 淳史 氏/公益財団法人 東京都保健医療公社 豊島病院 眼科医長

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